日本に尽くした偉人たち

世界のすべての地域、国には民族や国のために働いた偉人がいます。
あまり知られてはいなくても、日本のため人々の為に生きた偉人を幅広く紹介します。

古くは聖徳太子から近代ではノーベル賞受賞者まで一人ひとりその功績を称えましょう。

聖徳太子

穴穂部間人皇女の子であり、推古天皇のもと、摂政として蘇我馬子と協力して政治を行い、遣隋使を派遣するなどして大陸の文化や芸術、制度をとりいれて、冠位十二階や十七条憲法を定めるなど天皇を中心とした中央集権国家体制の確立を計画した。
聖徳太子は、日本史上最も有名で、最も尊敬されている人物の一人であり、1万円札の顔でもあった。

仏教の育成保護にも尽力して、国を治めるため宗教を利用しようとした。
596年、国内初の本格的仏教寺院の法興寺(現飛鳥寺)を完成させた。
さらに、607年に太子は、中国の隋との連携を開こうとし、小野妹子を随に遣わした。

太子の墓は、大阪府南河内郡太子町ある古墳とされていています。叡福寺北古墳(太子墓)は直径50m、高さ100mの円墳で、内部は横穴式石室になっています。

小野妹子

607年位遣隋使として任命されて、2度遣隋使として大陸に渡っています。冠位十二階の第1位まで出世しました。
遣隋使とは、推古朝の倭国が隋に派遣した朝貢使のことであり、18年間にわたり5回以上派遣されている。なお、日本という名称が使用されたのは遣唐使からである。

航路としては大阪の住吉大社近くの住吉津から出発し、住吉の細江(現・細江川)から大阪湾に出、難波津を経て瀬戸内海を九州へ向かい、そこから玄界灘に出て大陸に向かったようである。


以後、日本に貢献した多くの偉人を紹介します。